仙台地方裁判所 昭和39年(わ)328号 判決 1966年1月08日
被告人 大場政典
主文
被告人を懲役二月に処する。
ただし、この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
(本件犯行に至るまでの経緯)
被告人は全国電気通信労働組合(略称全電通)宮城県支部の組合員であり、同支部執行委員の地位にあつた者であるが、右全電通の上部機関である公共企業体等労働組合協議会(以下公労協と略称)共闘委員会は、昭和三九年四月四日、同年の春闘における「賃金引上げの要求」を貫徹するため、同月一七日午前〇時から正午まで、第一波半日ストライキを実施することを宣言し、同時に、傘下の各単産組合委員長および各地方(県)公労協共闘委員会議長に対し、右半日ストライキを実施する旨、および、各ストライキ実施箇所につき直ちにストライキ準備体制を完了すべき旨指令し、右指令にもとづいて、日本国有鉄道労働組合仙台地方本部(以下国労仙台地本と略称)は、右準備体制整備の一環として、同月一五日から同月一七日正午まで、仙台駅構内において遵法闘争等を行うことを、また、日本国有鉄道動力車労働組合仙台地方本部(以下動労仙台地本と略称)は、同様目的で同期間同駅構内において、列車乗務員に対する説得活動を行うことをそれぞれ決定した。そこで、前記全電通宮城県支部を傘下に収める宮城県春闘共闘委員会は、同月一一日、傘下各単位労働組合に対し、右国労仙台地本および動労仙台地本の活動を支援するため、同期間同駅構内にそれぞれ一定数の労働組合員を動員されたい旨要請し、右要請により同日全電通宮城県支部は、傘下各分会ごとに動員者数の割当を行うとともに、被告人を同月一五日の日中における動員者三〇名の掌握指導責任者に指名した。
他方、日本国有鉄道仙台鉄道管理局(以下国鉄当局と略称)は、同月一四日、右国労仙台地本および動労仙台地本の活動ならびに右半日ストライキ実施に対処すべく、春闘対策本部を設置し、さらに、その指揮下に仙台駅対策本部および仙台運転所対策本部を置き、かつ、右両本部への配置人員として管内の非組合員たる職員(以下当局職員と略称)らを召集してあてることとし、仙台駅対策本部には同管理局総務部労働課職員全員を含む二〇〇余名を一五日早朝から召集して同駅構内の警戒等につかせ、特に右労働課職員に対しては、駅構内の警戒および情報蒐集、組合員らの行動の監視、確認、組合員らによる違法行為の阻止、排除等の任務にあたるよう命じて、右国労等の活動に備えていた。
(罪となるべき事実)
被告人は、昭和三九年四月一五日午前九時一〇分ころ、前記全電通支部の動員者とともに仙台駅に至り、午前、午後を通じ同駅構内二、三番ホーム等で国鉄当局側の組合側の活動に対する不当介入行為を監視する等の任務についていたのであるが、同日午後二時一〇分ころ、国労仙台地本組合員(以下国労組合員と略称)数名によつて四番ホームに停車中の列車車体外鋼板に、線路側から「大幅賃上げ」などと書かれたビラはりが始められ、続いて、二、三番ホームに移動して同ホーム南側地下道昇降口勾欄(階段手すり)にもビラがはられたが、これは国鉄総裁達によつて禁止されていることなので、仙台駅対策本部に配置された当局職員数名は、その後を追つてこれを制止しながらただちにビラをはがしていたところ、やがて三番ホームに到着した青森発仙台止りの第七〇二D列車「あけぼの」号(四車輛編成)の先頭一輛目中央部付近の車体外鋼板にもビラがはられ、その後を追つた前記労働課職員相原丈夫ほか一、二名の当局職員らがそのビラをはがし始めるや、ビラはりをしていた国労仙台地本副委員長相沢亀吉が右当局職員らに「なぜはがすのだ」と抗議をし、ついで、周囲の人々に向かい、大声で右当局職員等の右ビラはがし行為が不当である旨を訴え、これに呼応するかのように、おりから二、三番ホーム上に支援のため動員されてきていた労働組合員(以下支援労組員と略称)らが、右相沢の周辺に近寄つて行き、結局、同所で最後まで一人残つて右列車一輛目の車体にはつてあるビラをはがしていた、前記相原丈夫を半円形状に取り囲み、口々にはげしく抗議する状態になつた。被告人は、右囲みの上野寄り側(以下囲み南側と略称)の前から二列目辺に位置し、右相原が何人かの支援労組員らからはげしく抗議されてもなお強引にビラをはがし続けているのを目撃していたが、ついに同二時四〇分ころ、同人が囲み外の右列車車体にはられたビラをはがすべく外に出ようとして、「そこをどけ」と言いながら被告人の右斜め前方に顔を向けたのを見て興奮し、いきなり同人の右顔面を右手拳で一回強打し、その結果、同人に対し、全治六日間を要する下口唇粘膜下出血および粘膜挫創の傷害を負わせ、もつて同人の職務の執行を妨害したものである。
(証拠の標目)<省略>
(法令の適用)
被告人の判示所為中相原の顔面を強打した点は刑法第二〇四条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、同人の公務の執行を妨害した点は刑法第九五条第一項に各該当するところ、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法第五四条第一項前段、第一〇条により一罪として重い傷害罪につき定めた懲役刑で処断することとし、その刑期の範囲内で被告人を懲役二月に処し、情状により同法第二五条第一項を適用してこの裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。
(弁護人ら主張の主要な争点に対する判断)
第一暴行の意思の存否について
弁護人は、被告人の手が相原の顔面に接触したことは認めながら、それが暴行の意思によることを争い、「偶然にも抗議のため被告人のあげた右手が前進してきた相原の右頬に接触したものであり、したがつて、被告人には相原に対する暴行傷害の意思はなかつた。」旨主張し、右主張に反する証人、相原、同菅原らの供述記載の証明力を争うので、以下にその判断を示すこととする。
一 相原証言の信用性について
(一) 第二回および第三回公判調書中、右相原の供述記載によると、相原が被告人から暴行を受けたという経過や、前後の状況についての供述は、要約すると次のとおりである。
(1) 自分が二、三番ホーム上の南側地下道昇降口勾欄(手すり)にはられたビラをはがしているとき、三番ホームに「あけぼの」が到着した。すると、右勾欄にビラをはつていた新木修ほかの国労労組員らは、その一輛目の車体にホーム側からビラをはりだしたので、自分はすぐ当局職員らの先頭に立つてあとを追い、そのビラをはがし始めたら、国労の相沢副委員長や駒板昭二に、「なんではがすんだ」と抗議され、また一名の支援労組員から、自分の前面でかなり執ようにビラはがしを邪魔されたりしているうち、気づいてみたら周囲を支援労組員三〇名位にとり囲まれており、囲み内の当局職員は自分だけだつた。自分は他の当局職員がとり囲まれている中に割り込んでいつたのではない。
(2) 自分はビラをはがそうとして、列車々体に沿い青森寄りの方に進もうとしたが、囲みのため進行できなかつたので、「そこをどけ」といつて顔をあげ、ふりかえるようにして体を開き周囲を見たとき、向いあつた人の後に左半身くらいかくれていた被告人に、「なに、なまいきな」といつて思いきり右あご辺を一回強打された。それはボクシングの心得のある人のパンチのような感じであつた。そのとき、自分の位置は、列車々体を背に、青森の方を北とすると、四五度ないし五〇度の角度で北西の方を向いていたと思う。
(3) それで、自分はすぐに被告人の右手首をつかみ、「この男がおれをぶん殴つた。暴力をふるつた。カメラ班いないか。当局側いないか。」などと叫んだところ、被告人は手を引こうとし、その際何もいわなかつたようであつた。そうしているうちに、前記相沢が来て、自分の手を被告人の手から無理に放させ、自分を囲みの外へ連れ出したのである。
(二) まず右のうち(1) の部分(相原が「あけぼの」号一輛目車体前で支援労組員らにとりまかれるに至つた状況)については、前掲証人高橋{胞衣}吉、同湯原和夫、同菅原成吉、同山田幸富の各供述記載または供述によると、これらの証人も右相原の供述にほとんど合致した状況を供述しており、いずれも真実性があると認められるので、右(1) の部分はその裏づけがあつて信用できるものと認められる。
次に(2) の部分(相原が暴行を受けたという直前、および暴行時の状況、その当時の相原の位置等)については、前掲証人山崎俊秀の供述記載、および同人作成の患者記録謄本により認められる相原の受傷の程度が、弁護人主張のような過失による接触程度では容易に生じ得ないと認められること、前掲証人湯原和夫の供述記載、証人志村吉男、同山田幸富、同斎藤正吉の各当公判廷における供述によると、相原が暴行を受けたという直後の状況として、同人は真赤な顔で興奮し、被告人の手をつかみながら、「暴力だ」「おれを殴つた」などと大声で叫んでいたこと、その頃からやや後にかけて、相原の唇付近から血が出ているのが見られたことが認められ、またこれら各証人および弁護人側証人高橋利男、同佐藤鉄雄、同新木修、同相沢亀吉らの各供述によつても、被告人は相原に手をつかまれながら「放せ放せ」などというだけで、「過つてあたつた」というような弁解をした形跡はないことが認められ、これらの事実を総合すると、証人菅原成吉の「被告人が右手で相原の口の辺を突いたのを見た」旨の供述記載を度外視しても、相原が被告人から相当強い力で右あご付近を突かれたか、または殴打された状況を推測せしめるに十分である。ただ相原が右暴行を受けたという位置関係については、後述のとおり、他の証拠中これに合致するものと合致しないものとが対立し、この点の相原の供述は誤りであると認められるのであるが、この点の誤りは、右暴行を受けた状態に関する相原の供述の信憑性に影響を及ぼすほどのものとは認められない。(なお、右位置関係の点は後にも説明する。)前記(3) の部分については、関係各証人の供述するところとほとんど合致しており、重要な矛盾はないと認められるので、信用性に格別の疑いはないと考えられる。
(三) 次に、弁護人主張の相原の供述の矛盾、他の反対証拠との関係等について考えると、
(1) 相原が暴行を受けたという方向が前後矛盾することについて
前掲実況見分調書によると、相原は警察官の実況見分の際の立会人として、暴行を受けたときの位置を、自分はやや斜めに上野方向を向いて立ち、被告人はこれと向い合つて青森方向に向いて立つていたように指示説明しているが、これは前記相原の法廷での供述とくいちがつていることは明らかである。しかし、このことからただちに、相原の供述が全面的に信用できない、との結論を引き出すのは早計であると考える。そして、右実況見分調書に前掲証人湯原和夫、同菅原成吉の各供述記載を総合すると、実況見分における指示方向の方が正しく、右法廷における供述の方が誤りであると認めるのが相当であるが、(この位置関係についての弁護人側証人高橋利男、同佐藤鉄雄の各当公判廷における供述部分は、右証拠と対比し信用することができない。)相原が暴行を受ける直前の状況は、右湯原、菅原各証人の供述記載等によれば、「罪となるべき事実」記載のとおり、支援労組員約三〇名が相原一名を半円状にとり囲んで自由に行動ができないようにし、口々に「なぜはがすのだ」などとはげしく抗議し、喧騒をきわめ、はなはだエキサイトした状況にあつたことが認められるから、かような混乱、興奮した事態下にあつて、自己が暴行を受ける直前にどちらを向いていたかを正確に認識、記憶することは、はなはだ困難であるといわざるを得ず、しかも実況見分時と公判廷の証言時とは、九ケ月のへだたりがあり(公判記録により明らかである)、記憶のうすれるのも自然の勢いであることを考慮すると、相原が右方向を誤つて供述したことも、あながち無理からぬものがあるというべきであつて、結局この点の相原の供述の誤りは、前記暴行が故意によるものであることに関する供述の信用性にまで、影響を及ぼすほどのものとは認められない。
(2) 被告人の服装に関する供述について
所論は、相原は自分が被告人に突かれたとき、被告人はレインコートを着ていた、と供述したが、被告人は逮捕された時はレインコートを着ていたけれども、本件発生時はレインコートを他人に預けていて着ていなかつたから、右供述は事実に合致していないというのである。
しかし、被告人が当時レインコートを着用していなかつたことは、被告人の主張を措いて他にこれを確認すべき証拠がなく、証人菅原成吉の供述するところによると、当時被告人は右コートを着用していたと認めるのが相当であるから、右主張は失当である。
(3) 新木、渡辺らが「あけぼの」にビラをはりはじめた、との供述について
所論は、相原は「四番線の列車にビラはりをしていた国労の新木、渡辺らが、今度は三番線の『あけぼの』にビラをはりはじめたので、自分はこれをはがしに行つた。」と供述したが、当の新木証言によれば、同人は「あけぼの」にビラはりはしていなかつたから、相原の供述部分も事実に反する、というのである。
しかし、新木は四番線の列車にビラはりしたことは認めているところ、証人志村吉男の当公判廷の供述によると、「仙山線(四番線)の列車にビラはりしていた国労の三人と同じ三人が、また『あけぼの』にはり出した。」というのであり、右相原、志村の供述と対比すると、「あけぼの」にビラはりはしなかつたという新木の供述には、信用性に疑問があると認められるので、右主張もその前提を欠くもので失当である。また、かりに新木の供述のとおりであるとしても、この点の観察、記憶の誤りは、暴行の状況に関する相原の供述の信用性に影響を及ぼすほどのものとは認められない。
(4) 相原が半円形に包囲された状況の供述について
所論は、相原が供述する前記(一)の状況は、弁護人側証人相沢亀吉、高橋利男、佐藤鉄雄らや被告人が一致して供述するところと矛盾し、また検察側証人志村吉男、山田幸富の供述するところとも合致しないから、相原の供述は真実に合致しない点がある、というのである。しかし、相原の供述部分は証人湯原和夫、菅原成吉、高橋{胞衣}吉、山田幸富らの供述するところと合致していることは前説明のとおりであり、弁護人側証人らの供述するところは、右証人湯原らの供述するところと矛盾するのみならず、本件暴行発生時その近く等にいて、暴行の発生を当然目撃し得たであろうと思われるのに、暴行々為は目撃しなかつたなどとあいまいな供述をする点において不自然、不合理な点があり、これを信用することができないものである。
また証人志村の供述する、「我々がかけつける途中、相原は一人で、ビラはりしたピケのなかに一人で割り込んでいつた姿を見た。」という箇所も、山田証人の供述と対照すれば、支援労組員らが円形状に包囲する前に、横隊状にピケラインをはつていた所へ、相原がまつさきにかけつけて割り込んでいつたのを見た趣旨に解するのが相当であり、かように解すれば相原の供述と矛盾するものではないから、この点の弁護人の主張も失当である。
(5) 相原が興奮しやすく、激昂型の性格であるとの主張について
所論は、興奮しやすい性格の人が、興奮しているときの出来事を正確に記憶しがたいことを云々するが、相原が興奮しやすい性格であり、本件発生時も興奮していたとしても、自己が直接顔面に受けた打撃の態様、程度(特に故意によるものか、過つての接触かについて)についてまで、正確な認識や記憶を誤るほどのことはないと考えられ、右の点の供述は他の証拠によつて裏づけられていること、前説明のとおりであるから、右主張も理由がない。
(6) 「なになまいきな」との言葉は他の誰も聞いた者がない、との点について
所論は、相原は被告人が手を出すとき、「なになまいきな」といつたと供述するが、他になんびとも被告人がさような言葉をいつたのを聞いた、という人はいず、したがつて相原の右供述は真実に反している、というのである。
しかし、他の証人らが右の言葉を聞いていなかつたとしても、前説明のような喧騒、混乱をきわめ、エキサイトした包囲のなかの出来事であるから、特に高声でいつたのでなければ周囲の人々にまで、聞きとれなかつたであろうとも考えられ、その直後に起つた相原の高声の抗議の言葉のみが、特に周囲の人に印象づけられた、とも見られる余地が相当にあるので、右の点についての相原の供述が真実に反していると断定することはできない。よつて、右の主張も理由があるとは思われない。
以上の次第により、相原証言に信用性なしとする弁護人の主張はその理由がない。
二 菅原証言の信用性について
(一) 弁護人が、菅原証言に信用性なしと主張する論拠は次のとおりである。
(1) 菅原証人は、「大場が被害者の顔面の鼻の下よりの、口の辺を一つついたのを見た。」と供述したが、その目撃位置は、相原の後方に相原と同じ方向を向いていた、というのであるが、これが真実であるとすれば、同人は相原の背後にいたのであるから、右供述のような状況を目撃することは不可能である。またそのいう位置関係は相原の供述とは逆になつている。
(2) 菅原証人は通常は眼鏡をかけているのに、本件現場においては眼鏡を使用しておらず、身長も五五糎で低い方であるうえ、相原より五米位後方で、七、八名の者の肩ごしに見ていた、というのであるから、このような証人が真相を正確に目撃できたかどうかは、多くの疑問を残している。
(3) 菅原証言によれば、被告人が相原を突く前に、「あけぼの」の車体に立ちふさがり、相原のビラはぎを妨害したというが、相原証言すらこのような妨害をした人が被告人であるとは断定しておらず、かえつて高橋利男、佐藤鉄雄の証言によれば、かかる行動をとつたのは市労連の動員者石田某であることが明らかであり、この点において菅原証言は真実に合致していない。
(4) 菅原証言によれば、被告人は本件発生時クリーム色のレインコートを着ていたというが、当時被告人はレインコートを着用していなかつたから、この点でも真実に反した供述をしている。
(5) 菅原証言によれば、被告人が相原を突いたのは、ほかの動作をして偶然にあたつたものではないというが、その具体的根拠を示さず、警察官であるのに、そのようなはつきりした暴行傷害行為を目撃し、被害者が口から血を出し、加害者をつかまえて「現認犯」といつてさわいでいるのを見ながら、なんらの行動に出ず、ただじつと見ていただけで、その後おもむろに上司に報告に行つた、というのであるから、警察官の行動として奇怪千万で、常識はずれである。
(二) しかし、当裁判所は次のように考える。すなわち、右のうち、
(1) については、菅原証人作成の見取図によれば、同証人は相原のまうしろにいたのではなく、約四五度右斜後方に位置していたと認められるから、その位置からは、「大場が被害者の顔面の鼻の下よりの口の辺を一つついた」ところを目撃することは不可能ではなかつたこと多言を要せず、
(2) については、同証人は、第五回公判調書中の同証人の供述記載において、「視力は一・〇位あり、度のかるいめがねをかけたりかけなかつたりするが、かける方が多いと思う。」旨供述しているのであるから、本件当時眼鏡をかけていなかつたとしても、視力に減退をきたしていたとはいえないうえに、司法警察員作成の昭和三九年四月一五日付写真撮影報告書添付のネガ番号「8」の写真からすれば、同証人は本件事態を前の人の肩ごしに十分見ることができたと認められ、
(3) については、前記高橋利男および佐藤鉄男の各供述との対比において、菅原証人のこの点についての証言が絶対的に真実に合致しない断定できず、また、かりに真実でなかつたとしても、誤つてそのように観察記憶していたのではないかと考えうる余地もあり、したがつて、この点だけをとらえて同証人の証言の信憑性を全面的に否定することは許されないし、
(4) については、弁護人主張の前提事実そのものが確認できないことは前説明のとおりであり、
(5) については、第五回公判調書中の証人湯原和夫の供述記載によると、菅原証人の上司であり、かつ同証人とほとんど同様な立場にあつた右湯原が、「組合員が相当いたので逮捕行為に出れば組合員の抵抗があるのではないかと考え、また本件現場から少し離れたところに現場の最高責任者である亀山警部補がいたので、報告をして指示をまつた方がよいと思つた。」旨供述していることおよび菅原証人の当時の任務が「記録」であつたことから考えて、同証人の行為を、「警察官の行動としてはまことに奇怪千万で、常識はずれである。」といちがいに排斥することは必ずしも妥当でなく、ましてや、「このような同証人の行動からすれば、寧ろ同人が両者接触の瞬間を目撃していないのではないかと疑われてもやむを得ないところである。」とはいえないと考える。以上から、弁護人の同証人の証言の信憑性についての見解には賛成できない。そして信用性ありと認める右菅原証人の供述記載(第五回公判調書)によると、「被告人が右手拳で一回、相原の顔面を突いたのをはつきり見た。それは被告人がほかの動作をして偶然にあたつたというような状況ではなかつた。」というのであるから、(弁護人は、後の部分は具体的根拠を示さぬというが、同証人は自己の目撃状況からこのように判断して述べたものと認められる。)前記相原証人の供述およびこれに合致する他の各証拠に、右菅原の供述部分を併せ考えると、被告人は「罪となるべき事実」記載のような経過、態様において、故意に相原に暴行を加えたものと認めるに十分である。
三 被告人の供述の信用性について
被告人は当公判廷において、前記弁護人の主張に沿うような供述をしているのであるが、これまでに説明した経過により、被告人が故意をもつて相原に暴行に及んだことは十分認定できるので、これに反する内容の被告人の供述はとうていこれを信用することができない。
なお、弁護人は、被告人に暴行の意思がなかつたことの間接事実として種々主張しているが、(1) 、接触個所が不自然であつても、打撃の程度は前説明のように相当強力であつたと認められるから、これをもつて偶然の接触である証左とはいえないし、(2) 、被告人の体がよじれながら後退していた云々の点は、この点の被告人の供述は前記菅原証人の供述と対比し、これを信用することができず、(3) 、打撃が一回きりでやめられたこと、また公然と行われたことは、必ずしも暴行の意思がなかつたことを示すものとはいえない。本件のようにエキサイトした状況下では、感情の押えがきかず、直接行動に出ることは十分ありうることであり、相原がただちに大声をあげて必死に抗議した本件では、その後の攻撃がなかつたとしても不思議ではないからである。(4) 、また被告人が現場付近に残留していて、逃げようとしなかつたことも、騒ぎはいつたんとり静められており、被告人も動員者指揮の責任ある立場にいたのであるから、現場に残留していたのも不思議なことではなく、(5) 、私服警官の監視があることがわかつていたとしても、本件は前記のようにエキサイトした状態下での激情的行為と認めるべきであるから、右のような事情の存在と相いれないわけではない。(6) 、また、現場付近にいた菅原、湯原ら警察官のとつた行動や、被害者相原の引離された後の行動を云々するが、警察官のとつた行動が不可解なものではないことは、前記菅原証言についてすでに説明したとおりであり、相原の行動も同人の供述によると、国労の相沢らに無理に引離されていつたん被告人の追及を断念したが、その後公安官室に行き被害状況を申告し、さらに引返して被告人の所在を見届けてこれを報告し、公安官が出動して被告人を逮捕するに至つたことが認められるから、被害者の行動としてなんら不自然な点はなく、右弁護人の主張も的はずれの議論であるといわざるを得ない。
よつて、前記間接事実に関する弁護人の主張もすべて理由がない。
第二本件逮捕の違法性の有無、および、本件公訴を棄却することの可否について
一 弁護人は、まず、「本件公訴は、労働運動を弾圧するために存在しない事実を想定してなされたものであるから、棄却せられるべきである。」旨主張する。しかし、本件全証拠によるも、本件公訴が労働運動を弾圧するためにあえてなされたものとは認めることができないのみならず、証拠の標目記載の各証拠から、前記認定のように、被告人が本件を犯した事実は明らかにこれを認めることができる。したがつて、弁護人の右主張は理由がない。
二 弁護人は、次に、「本件逮捕は、被告人において、逮捕されるまでの間、追呼も誰何もされず、賍物等を所持していず、また、その服装等に犯罪の証跡がなかつたのに、氏名、住居、および犯罪被疑事実についての各確認もなされず、正当な任意同行の要請も受けることなく、一方的になされたものであるから違法であり、かつ、逮捕の必要性がなかつたのに、被告人に対し傷害を負わせながらなされたものであるから不当である。そして、官憲が違法もしくは不必要な逮捕を行うに当り、無抵抗の者に対し暴力をふるい、この者を乱暴に連行留置するといつた一連の行為は、いわば形を変えた拷問であつて憲法第三六条の精神に反し、かつ、同法第三一条による法の適正手続による裁判の保障をじゆうりんするものである。したがつて、本件については右同条を適用し刑事訴訟法第三三八条第四号を準用して、公訴棄却の判決がなされるべきである。」旨主張するので、以下この点につき判断する。
(一) 検察官は、「本件逮捕は、刑事訴訟法第二一二条第二項第一号にもとづく準現行犯逮捕の場合に当る。」旨主張し、また、第五回公判調書中の証人塚本五郎の供述記載によると、同証人は、「準現行犯の追呼されている場合に当ると判断して被告人を逮捕した。」旨供述している。そして被告人の逮捕の状況に関する各証拠によれば、本件逮捕が同条第一項および同条第二項第二ないし第四号にもとづく逮捕に当らないことは明白であり、したがつて本件逮捕が同項第一号の場合に当るかどうかだけが問題となる。
ところで、同号の「犯人として追呼されているとき」とは、その者が犯人であることを明確に認識している者により、逮捕を前提とした追跡ないし呼号を受けている場合を意味するものと解され、かつ、右文言がみだりに拡張解釈されるべきでないことは多言を要しないところである。しかし、当初の追呼者が、自己の非力ないし他人の妨害等の事情により、自力で犯人を逮捕することは困難であると判断してやむなくその追呼を中止し、ただちに他の者に対し犯行発生の報告ないし犯人逮捕の依頼をなし、右報告ないし依頼を受けた者において遅滞なく犯人を追い求めて逮捕した場合、かりに逮捕者が逃走する犯人を追跡ないし呼号したという外形をとらず、したがつて、語句の厳密な意味では逮捕者の行為は追呼に当らないとしても、同号の立法趣旨、および偶然的事情の介在により、犯人が不当に不利益を免れることがあつてはならないという理由から、右の場合も、なお、逮捕者が犯人を明確に識別しうる方策が講ぜられたこと、および、追呼中止時から逮捕時までの時間が必要やむをえないと認められる程度に短時間であること、の二要件を具備する限りにおいて、同号の「犯人として追呼されているとき」に当ると解するを相当とする。
これを本件についてみるならば、第二回公判調書中の証人相原丈夫の供述記載、前記証人塚本五郎の供述記載、および、証人相沢亀吉の当公判廷における供述によると、前記相原が本件の発生直後被告人の手をつかんで暴力だなどと呼号していたところ、前記相沢が近寄つて来て、被告人の手から右相原の手を無理矢理離して同人を囲み外へ連れ出したため、同人はやむなくそれ以上に被告人を追呼することを断念し、ただちに仙台駅長室におもむき同駅対策本部長手島典男に本件被害状況を報告し、即刻右手島からの連絡にもとづき仙台鉄道公安室長渥美益治がさらに右相原から事情を聴取し、同人をして二、三番ホーム上にまだ被告人が所在することを確認させたうえ、鉄道公安官塚本五郎に本件の処理を指示し、即座に右塚本が部下を率い右相原を伴つて本件発生後約二五分を経た午後三時五分ころ本件逮捕現場に急行し、同人から直接被告人の確認を得て本件逮捕をなしたという事実を認めることができるのであり、右事実に照らせば、本件逮捕は同条第二項第一号の形式的要件を充足していたものと認められる。
(二) しかも本件逮捕当時には被逮捕者の氏名や住居等が未だ判明していなかつたことも明らかであるから逮捕の必要性がなかつたものともいわれない。
(三) なお、前記証人相原丈夫および同塚本五郎の各供述記載、ならびに、証人千葉佳男および被告人の各当公判廷における供述を総合すれば、被告人は、一二名の鉄道公安官に取り囲まれ、弁解の機会を与えられることなく、かつ、連行されまいとして足をつつぱる以上になんらの積極的な抵抗もなさず、また逃走の気配もみせなかつたにもかかわらず、両手を後にねじあげられ、さらに、左手に手錠をかけられ、しかもその際左手の甲に軽微ではあるが擦過傷まで負わせられたうえで、両側から抱きかかえられるようにして相当の速度で連行されたという事実を認めることができ、その間被告人において鉄道公安官の感情を若干刺戟するような非協調的態度を示したことがうかがえないわけではないが、この点を考慮にいれたとしても、なお、右に見たような一方的にして乱暴にわたる本件逮捕および連行は、その手段と方法において行きすぎであつて不当なものであつたと断ぜざるをえない。
(四) しかし右のような不当な逮捕が、逮捕の証拠収集的機能に着目する限りにおいて、憲法第三一条、第三六条の精神に反することがあることはこれを否定できないとしても不当な逮捕があれば、その後の公訴提起の手続を当然に無効ならしめ、したがつて右公訴は公訴棄却の判決の対象となるべきである、とはいえないものと考える。けだし、被疑者逮捕の手続は、刑事訴訟法第三三八条第四号にいう「公訴提起の手続」自体には含まれず、その先行段階にすぎないと解すべきであるからである。違法ないし不当な逮捕を前提としなければ公訴提起が不可能ないし著しく困難であつたという意味で、違法ないし不当な逮捕と公訴提起が不可分一体的な関係に立ち、したがつて、公訴提起自体がいかに法定手続を践んでなされても、なおこれを違法としなければならない特段の事情がある場合は論外として、そうでない場合については、法定手続にしたがつた公訴提起がなされた以上、受訴裁判所は、以後法定手続にしたがつて訴訟を進め、その結果被告事件について犯罪の証明があつたと認定したならば、法の明定する一定の場合を除き、被告人に対し判決で刑の言渡をしなければならないのであり、このことは刑事裁判にとつての本質的要請である。そして、この場合、判決裁判所が受訴前における捜査活動の違法性ないし不当性を不問に付しても、なんら憲法第三一条に違反するものではないと考える。裁判所は、本来、一般国民の人権保障のとりでであるという本質的機能をも有しているのであるが、これを捜査機関の違法ないし不当な逮捕についてみるならば、このような逮捕は、通常捜査機関が証拠収集ないし公判廷における被告人の身柄確保を熱心に望むあまりなされるものであつて、それ以外の不正な目的のためになされるものではないと考えられるから、前記刑事裁判の本質的要請にもかんがみ、裁判所が今後の捜査機関による人権侵害行為の可及的防止のためになすべき抑制的措置は、このような逮捕を前提とする収集証拠の排斥、および被告人の身柄拘束の解除をもつて必要にして十分であると認められ、その限度を超えて公訴棄却をもつて臨むべきではないと解するを相当とする。そうである以上、本件逮捕ないし本件公訴提起が、本件証拠上、前記特段の事情のもとにあるとは認められないので、結局、本件につき公訴棄却の判決をなすことはできない。
以上の理由から、弁護人のこの点についての主張も採用しない。
第三公務執行妨害罪の成否について
一 弁護人は、かりに被告人に前記相原に対する暴行の故意があつたとしても公務執行妨害罪は成立しないとして、大要つぎのように主張する。
(一) 相原が本件当時所属または配属されていた、国鉄仙台管理局総務部労働課ないし仙台駅対策本部の各職務は、次のように違法、不当な内容を含むものであつたから、相原は適法に職務を執行する抽象的一般的権限を有していなかつた。すなわち、同人の所属する右労働課の職務行為は、その一環として他の企業ないし官公庁等に、国労等の闘争支援のためにする有給休暇の請求を認めないでほしい旨要請し、労働基準法違反をあおりそそのかし、また、宮城県警察本部警備課と労働組合活動等につき日常的に情報交換を行つて思想、信条の自由等を侵害していたのであるから、全体として違法、不当な職務行為であつて、憲法を頂点とする法律の保護を受けることができないし、かつ、同人が本件当日配属された仙台駅対策本部の職務は、その中心的課題が、一般組合員に対し闘争指令に従わないように働きかけること(不当労働行為)、および、信号所を包囲して組合員に信号掛業務を強制すること(労働基準法違反行為)にあつたのであるから、全体として法律上の保護を受けることができない。
(二) かりに相原が右抽象的一般的職務権限を有していたとしても、同人は、仙台駅対策本部の職務を執行する具体的権限を有していなかつた。すなわち、同人に対する同対策本部配属命令は、日本国有鉄道職員服務規程第三六条ないし昭和三二年一〇月四日付総裁達第五六九号をその根拠としたというが、本件の場合は右総裁達所定の「業務運営上必要と認める場合」に該当せず、かつ忙がしい労働課員の本務を完全に放棄させた点でもその予定範囲を逸脱しているというべきである。したがつて、右命令は当該規程や総裁達に反するものであるから、相原は右命令にもとづき同対策本部の職務を執行する具体的権限を取得することはできなかつたものである。
(三) また、相原が右具体的職務権限を有していたとしても、同人の本件当日における午後二時以降の職務執行行為は法律上の保護を受けることができない。けだし、同人に右具体的職務権限ありとするならば、それを生ぜしめた根拠は前記総裁達第五六九号に求められなければならないと考えられるところ、本件当日仙台駅現場には有効な時間外労働の協定、いわゆる「三六協定」が存在していなかつたから、同人は、右総裁達の第三項により、労働基準法第三二条第一項にもとづく八時間労働の範囲内でしか適法に職務執行をなしえなかつたのであり、したがつて、本件当日午前六時から仕事をしつぱなしであつた同人の、同日午後二時以降の職務執行は同法に違反するものである。なお、本件の場合は同法第三三条、および、日本国有鉄道法第三三条所定の場合に該当しないから、これらにより同人に対し八時間を超えて職務を行わせることはできないし、かつ、ビラに関する一連の総裁達との関係において同人がいついかなる場合にもビラはがしをなしうる具体的権限を有していたとはいえない。
(四) 国労組合員らの本件ビラはり行為は、適法な組合活動であつたから、相原が阻止、排除を命ぜられていた「違法行為」には該当するものでない。すなわち、労働組合が行うビラはり活動は、憲法上保障せられた団結の意思表示の一方法として、また、思想・良心の自由、言論の自由、集会・結社の自由、集団行動の自由と密接不可分的関係にあるものとして正当な組合活動であると評価され、しかも、国鉄労働組合にとり、それは、公労法により争議行為を禁止されていることとの関係上、私企業の場合に比し、その正当性の範囲はより広いものと解せられる。しかも、わが国の労働組合の組織形態の特性からして、労働組合がその団結の維持運営に必要な範囲内で企業施設を利用することは、労働基本権として認められるべきであり、その限りで使用者側の施設管理権は制約を受け、したがつて、「ビラはり厳禁」の令達類も、正当な組合活動との関係で本質的な制約を受け、その制約の限度内でのみ効力を有するにすぎないものである。なお、労働組合のビラはり活動が正当な範囲内のものであるかどうかは、最大限の制約として、当該施設の性質、貼付された範囲、枚数、その内容、貼り方の面からする、当該ビラはりにより業務に支障をきたしたか否か、また、施設の維持管理上特別に差支えがない程度のものか否かについての総合的判断による必要があるが、本件ビラはりは「大幅賃上げ」「安全確保」等の内容のものを、安全に影響のない列車のボデイに主としてはつたもので、なんら実質的に業務に支障がなく、美観を損ずるということも、初荷列車や観光列車に比較すればあまり問題とならず、また「あけぼの」号は仙台運転所に回送され、そこで清掃、格納が予定されていた列車であるから、美観を損ずるとしても右清掃までの間の極めて一時的のものであつた。したがつて、この程度のビラはり活動は許容されるべきであり、本件ビラはり行為は正当にして適法なものであつたというべきである。
(五) また、相原の本件ビラはがし行為の態様は、それ自体強度の違法性を有するものであつたといわなければならない。けだし、同人は、多数の支援労組員の面前でこれみよがしにビラをはがしたうえ、それをわざと地面に捨てるという挑発的な行動をとり、かつ、同人に抗議した市交通の某組合員と押し合いをしたり、被告人と列車車体との間に手を差し込んでビラをはがそうとした結果被告人の身体を動かしたり、囲みをかきわけ押しのけて青森寄りの方へ進もうとし、もつて他人に対し暴力をふるつたからである。
旨主張する。そこで、以下この点につき判断する。
二 公務執行妨害罪が成立するためには、公務員の職務行為が適法であることを要し、そのためには、公務員がその行為をなしうる抽象的職務権限を有するのみならず、その行為をなしうる具体的職務権限を有し、かつ、職務行為の有効要件である重要な方式を履践していることが必要であり、そして、公務員の職務行為が右の意味での適法性を有するかどうかは、裁判所が法令を解釈して客観的にこれを定めるべきであると解する。そこで、このことを前提として、逐次問題点を検討することとする。
(一) 前記相原は日本国有鉄道仙台管理局の職員であるから、同管理局総務部労働課に属する事務的職務であれ、仙台駅構内における肉体労働的職務であれ、これを上司の命令のもとになしうる抽象的職務権限を有することは明らかである。そして、かりに労働課の一部の職務が違法であつたからといつて、そのために他の職務をなしうる抽象的職務権限までもなくなるいわれはなく、また本件証拠によれば、仙台駅対策本部の職務一般は、国労等の違法な争議行為ないしその準備活動に対処し、列車運転等の業務の正常な運営を確保するにあつたものと認められ、弁護人主張のような違法なものであつたとはとうてい認められない。したがつて、同人が本件当日仙台駅構内において本件ビラはがし行為を含む肉体労働的職務をなしうる抽象的権限を有していたことはこれを否定できない。
(二) 第三回公判調書中の証人室井文夫の供述記載によると、仙台鉄道管理局総務部労働課長である右室井は、同管理局長の依命のもとに、昭和三九年四月一四日、労働課員である相原に対し、同駅対策本部配属を命じ、その具体的職務内容として、指定場所ないし重要拠点の警戒、組合員の行動監視、違法行為の阻止排除、違法行為者の確認、現場長の護衛、現場長が命令等を発する場合の立会、本部長の命令の連絡、就労しようとする組合員の保護等をなす権限を与えた事実が認められる。そして、右命令の根拠となるべき明文上の規程を求めるならば、それは前記総裁達第五六九号「非現業職員を一時他の職務に従事させることができることについて」の第一項であると考えられる。すなわち、同項は、「総裁、地方機関の長又は支社の地方機関の長が業務運営上必要と認める場合は、部下の非現業職員をして、その職務にかかわらず、一時他の職務に従事させることができる。」と定めているのである。弁護人は、右規程が右命令の根拠になりえないとして「(1) 同駅対策本部の業務は、実質的に不当労働行為ないし労働基準法違反を内包しているので、右規程の『業務運営上必要と認める場合』に該当せず、かつ、(2) 右規程は比較的余裕のある職員等に関して予定されているものであるから、そのような余裕のなかつた相原につき同対策本部への配属を命じたことは右規程に反する。」旨主張する。しかし、右(1) については、前述のように同駅対策本部の業務が不当労働行為等を内包していたとは認められないから理由がなく、右(2) については、右規程が「比較的余裕のある職員」以外の職員を絶対にその適用外においているとは考えられないから同様理由がない。なお、同管理局長は、同管理局内にある部下職員の人事についても最高責任者たる地位にあるのであるから、たとえ右規程のような明文がなくても、業務運営上必要と認めれば、部下職員の権利を不当に侵害しない限りにおいて、特定の職員を自らないし他に依命して他の職務に従事させうることはいうまでもないところである。以上で、相原が本件当日同駅対策本部の職務を執行しうる具体的権限を有していたことは明らかである。
(三) 前記証人室井文夫の供述記載によれば、本件当時国鉄当局側と国鉄労働組合および国鉄動力車労働組合との間に「三六協定」が存在しておらず、かつ、仙台駅現場においては右各労働組合員が労働者の過半数をしめていたという事実を認めることができ、したがつて本件当日の右現場における労働時間は、労働基準法第三二条第一項により、八時間であつたと認められる。しかも、相原を同駅対策本部に配属させるについての根拠規程となつたと考えられる前記総裁達第五六九号は、その第三項において、「勤務時間については、その従事させる職務について定められたものによる」と規定しているのであるから、結局、仙台鉄道管理局は、本件当日、同人を八時間を超えて労働させることはできなかつたといわなければならない。換言するならば、同人は、本件当日、八時間労働の範囲内でのみ同駅対策本部の職務を執行しうる具体的権限を取得していたのである。ところで、前規証人相原丈夫の供述記載によると、同人は、本件当日、午前六時から同駅対策本部の職務に従事したことを認めることができる。しかし、労働基準法にいわゆる「労働時間」とは、労働者が使用者の指揮に服する時間を意味し、右時間には「休憩時間」は含まれないと解されるところ、同法第三四条第一項は、「使用者は、労働時間が六時間を超える場合には、少くとも四五分の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない。」旨を、また、同条第三項は「使用者は右休憩時間を自由に利用させなければならない。」旨を規定しているのであるから、当然自明のこととして、右現場においても右規定に則した休憩時間が設けられていたものと推測され、したがつて、同人の本件当日における八時間の労働時間の途中には、少くとも四五分の休憩時間が与えられていたものと考えなければならず、かつ、たとえ同人が右休憩時間を自発的に職務遂行に用いたとしても、その休憩時間は決して右労働時間の一部に転化するものではない。もつとも、同人が本件当日その職務を遂行しつづけていたかどうかは本件証拠上必ずしも明確ではないが、かりに然りとするも、前記証人相原丈夫の供述記載から認められるところの、同人は本件当日具体的にその職務を遂行するに当り、終始いちいち上司の直接的指示を受けていたわけではなかつたという事実に徴し、同人は右休憩時間を自発的に職務遂行に用いたものと考えざるをえない。いずれにしても、同人は、本件当日、少くとも午後二時四五分までは同駅対策本部の職務を執行しうる具体的権限を有していたというべきである。さらに、公務員の職務行為が「適法」であるかどうかの客観的判断は、公務執行妨害罪の立法趣旨にかんがみ、事後的に行われる純客観的な判断ではなく、当該職務行為の時点における具体的状況を前提とする客観的判断であるべきであると解され、したがつて、外形的刑法的に一個と評価されうる継続的行為の中間において、当該公務員につき純客観的には具体的職務権限が消滅したとしても、その瞬間に当該職務行為が「適法」から「違法」に転化してしまうとみるべきではなく、以後の行為部分もなお「適法」なものとして公務執行妨害罪の対象となると解するを相当とする。以上で同人は、本件発生時の本件当日午後二時四〇分ころ、いぜんとして同駅対策本部の職務を執行する具体的権限を有していたことは明らかであるから、この点の弁護人の主張も理由がない。なお、同人を本件当日八時間を超えて適法に就労させえたとして、労働基準法第三三条第一項ないし日本国有鉄道法第三三条を援用することは許されないものと解する。
(四) 労働組合のビラはり活動は、その有する社会的意義にかんがみ、その目的および手段方法が労働法原理の是認するものである限り、当然に憲法の保障する正当な組合活動として法により保護されなければならず、これを市民法原理のみから一方的に過小評価し制限することは排斥されなければならない。ところで、労働組合のビラはり活動は、その本質が多数者に対する教育宣伝的意思表示にあること、および、わが国の労働組合が専ら企業別組織形態をとつていることから、使用者の企業施設を利用することをほゞ必然とする傾向にあるのであるが、この場合、ビラはり活動に徴表される労働法原理と、施設管理権に徴表される市民法原理とは、あくまで相互尊重的ないし相互調和的関係において理解されるべきものであり、したがつて、一方が他方を絶対的に超越するという形でその存在を主張することは許されないところである。このような観点からするならば、使用者は、施設管理権の意義を市民法原理からのみ解釈し、これをたてにとつて、労働組合の企業施設利用を一般的禁止ないし一般的事前許可にかからしめたり、労働組合の正当な企業施設利用の申込みを合理的理由なく拒否したりすることは許されないというべきであり、したがつて、もしもあえて右のような措置にでるならば、それは労働組合の活動をなんら法的に拘束するものではないと解すべきである。他方、労働組合の企業施設利用は、私有財産制を大前提とする限り、労働組合の明示的ないし黙示的企業施設利用の申込みに対する使用者の明示的許諾ないし黙示的受忍という手続的過程を経て後はじめて認められるものというべきであり、したがつて、労働組合が、ビラはり活動の有する社会的意義を一方的に強調するあまり、右手続的過程を全くへることなしに、また、労働法原理の是認できない態様においてビラを企業施設にはるならば、それは、もはや、労働法原理と市民法原理との相互調和的関係からする法的保護を受けることができず、ことは専ら市民法原理の枠内でのみ処理されることになると解すべきである。もつとも、労働組合にとつて、特定の企業施設を利用しなければならない不可避的事情が生じ、かつ、事態急迫のため右手続的過程を経る暇のない場合のあることが考えられるが、この場合には、右手続的過程を経ずに企業施設を利用しても、その目的および手段方法が妥当なものであるならば、なお正当な組合活動として法的に保護されなければならないことは当然であろう。これを本件ビラはり活動についてみるならば以下のとおりである。前記証人室井文夫の供述記載等からすれば、国鉄当局は、従来、労働組合のビラはり活動に対し、車輛につき一般的禁止をもつて、建築物その他の施設につき一般的事前許可をもつて臨んでいたものであり、これは、法的拘束力を有するものではないとしても、国鉄当局の労働組合に対する希望の表明としてはなお意味を有するものと認められるところ、(車輛に組合活動のビラをはることは、輸送業務に直接の支障を来たさないではあろうが、国民の利用率の高い国鉄車輛はいわば公共用物ともいうべきもので、これを一方的宣伝活動の具に利用するということは好ましくないことであるし、本件のように旅客列車の場合には、旅客に快適な旅行をさせるため、車体の美観を保持する必要があると考えられるから、国鉄当局が車輛へのビラはりを一般的に禁止したことは相当の理由があるというべきである。弁護人は初荷列車、観光列車の例を云々するが、それらは利用者たる荷主、乗客らの意向にそうものとして許容されているのであり、性質を異にする組合活動のビラを同一に論ずることができないのは当然である。)国労仙台地本は、国鉄当局の意向を全く無視して一方的、抜打的に本件ビラはり活動を開始し、かつ、当局側の制止にもかかわらずこれを強行し続けたことを認めることができる。しかも、国労仙台地本にとつて、本件当時、本件列車車体にまでビラをはらねばならなかつたほどの急迫した不可避的事情があつたとも認められない。そこで、本件ビラはり活動は、右ビラはり禁止の実質的理由に優先して、列車々体にこれを行うべき必要性がなかつた点においてすでに不当であるのみならず、その一方的にして強引な態様に照らし、公共企業体等労働関係法第一条第二項の趣旨を否定するものであり労働法原理の是認できないものであるといわざるをえず、したがつて、専ら、市民法原理の枠内で価値判断をされるべき性質のものであると考えられる。そうであれば、市民法原理のもとにおいては、他人の管理する物件にその他人の意思に反してビラをはることは法的に許されず、また、その他人が自己の管理する物件に無断ではられたビラをただちに撤去することは法的に当然許容されるのであるから、結局、本件ビラはり活動は違法であつて、上司から「違法行為の阻止排除」を命ぜられていた前記相原の本件ビラはがし行為は、適法な職務行為であつたと認められる。したがつて、同人に暴行を加えることにより同人の本件ビラはがし行為を妨害した被告人の行為は、公務執行妨害罪に該当するものである。
(五) 本件証拠によれば、相原が、支援労組員らをあえて挑発する意図の下に、本件ビラはがしを開始し継続したものとはとうてい認められず、したがつて、同人の本件ビラはがし行為の外形に、支援労組員らの主観的感情を多少刺戟するものがあつたとしても、それは同人の本件ビラはがし行為の正当性を否定するものではない。また、弁護人が指摘するところの、相原の支援労組員ないし被告人の身体に対する有形力の行使は、本件証拠によれば、同人が自己の職務執行に対する妨害を排除するためやむをえずなしたものと認められ、したがつて、これを暴力と称して非難するのは当らない。
以上検討したところから、弁護人の被告人につき公務執行妨害罪が成立しない旨の主張は採用できない。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐々木次雄 和田保 渡部修)